【雑草ポエム 第358話】 無駄なものは切り捨てる… 民主党の掲げた立派な公約ではございますが、その基準たるものが未だに明確化されないのは何故でございましょうか。 『無駄』というのはその人の立場によって異なりますし、誰にとっての無駄なのかがわからず、それを『国民にとって』という言い方だけでは説明がついておりません。 単に国民と申されましても八百屋さんと小学校の先生、あるいは建設業の自営業者とサラリーマンでは全く立場が違うからでございます。 今はっきりしておりますのは、民主党が自分勝手に『無駄』と考えるものが、とにかく削減されまくっているということですが、残念ながらその基準たるものは未だに我々国民は理解できておりません。 例えば八つ場ダムの問題について… あれほどの大金を投じて大工事を行い、自然環境を破壊するうえに維持管理費もバカにならないという理由のみで『無駄だ』と考えるのも一理あるのかもしれません。 しかし、工事は既に発注されておりますので、その工事代金が入ってくる事を前提に経営計画を立てている会社もあるということを全くお偉いさん方は理解できておりません。 大工事ですので、それに必要なクレーンを購入した中小の業者などは、工事が中止になるとクレーンのローンを払えずに経営が行き詰ってしまうと涙ながらに話をしておりましたが、こうした会社にとっての八つ場ダムは『無駄』ではなく、絶対に必要な工事となっているということを、どうして理解してもらえないのでございましょうか。 また、私も少し齧っております『スーパーコンピュータの開発問題』におきましては、中止となればソフトウエアを設計している40人が職を失うと本人たちが訴えています。 聞けば国家プロジェクトに参加するために、それまで勤めていたところを辞めて参加している人たちがほとんどらしく、中止になりますと突然失職することになるというのです。 もちろん、中止が決定すれば他のところに就職する人も出てくるとは思いますが、その就職先が決定するまでは、収入が断たれてしまうということは必至の情勢。 住宅ローンなどを抱えている人にとりまして、1ヶ月でも収入が断たれるのは大きな打撃になりますので、上記の八つ場ダムの件でもそうですが、事業を中止するならば働いている人達へのセーフティネットの整備が第一に必要だろうと思うのです。 しかし、肝心のセーフティネットの話はほとんど聞こえてこず、無駄とか中止という言葉ばかりが聞こえてくるのはなぜでございましょう。 事業を開始するには大きな責任が伴いますが、中止するのも大きな責任が伴うのです。 それでも鳩山政権は国庫のお金が足りないという理由で、多くの事業を見直しております。その中で無駄だと判断したものを中止にし、予算を浮かそうとしております。 そういった税 金が足りない中で、自分だけ納めるべき税金をごまかし、他人の生活を脅かすようなことを国家元首がしているとすれば、この責任はとてつもなく大きいと言えます。 まぁ、鳩山氏にとりまして9億円は小遣い銭程度なのかもしれませんが、そこから支払われる税金で救済される企業や個人もいるのは間違いないわけですから、私は大問題だと思うわけでございます。 しかしながら… なぜ我らが日本国民はこうした大問題に対しましてヒートアップしないのでしょうか。 マスコミを通じましても、何故こんなにまでこの国の世論は優しいのでしょうか。 by 桜川